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TOEICを勉強する目的は人それぞれ
僕はこれまで何百人というTOEIC学習者の方々の相談に乗ってきましたが、「TOEICを勉強する目的」は本当に人それぞれでした。
なので、「これが正解!」という何かを提示することはできないのですが、参考までに僕の考えを以下に書いていきたいと思います。
TOEICには2種類の使い方があると僕は思っています。
1つ目が、「英語学習の通過点」としての使い方。
2つ目が、「英語学習のゴール」としての使い方です。
言葉を換えると、「英語学習の通過点」とは、「自分の英語を伸ばすための手段としてTOEICを使う」ということであり、「英語学習のゴール」とは、「TOEICそのものを英語学習の目的にしてしまう」ということです。
それぞれ説明します。
「英語学習の通過点」として使う人
TOEICはあくまでも、その先にある自分の理想に近づくための手段であり、一定のスコアを獲得できたら、それ以上は深める必要がないというスタンスの人が、TOEICを「英語学習の通過点」として使う人です。
「仕事で昇格するために900点が必要」とか、「就活でエントリーシートに記入するために800点がほしい」とか「英語の基礎固めとしてTOEICに取り組もう」とか、そういった考えのもとTOEICに取り組んでいる人は、こちらのスタンスです。
昇格にしろ就活にしろ基礎固めにしろ、共通しているのは、「いかに早くその基準に達することができるか」が至上命題であるということです。
例えば、就活において、「よし!じっくり勉強して800点を取ろう!」なんてことを言っていたら、800点を取る頃には、就活そのものが終わってしまいます。いかに、早く目標を達成するかを常に考えているのが、こちらのスタンスの人たちの特徴です。できる限り合理的に学習を積み重ねていく人が多いです。
「英語学習のゴール」としての使う人
一方、こちらのスタンスの人たちにとってのTOEICは、「英語学習の目的そのもの」です。
TOEICの先に何らかの理想があるわけではなく、とにかくTOEICそのものに取り組むことに意義を感じている人々です。決してそれが悪いと言っているわけではありません。「自分の英語レベルを維持するため」だったり、TOEICの解答用紙A面のアンケートにあるように、「自己啓発のため」だったりにTOEICを活用することは適切な方法だと思います。
しかしながら、そういった英語力維持や自己啓発のレベルを超えて、必要以上にTOEICへと傾倒するのは、少し違うんじゃないかなぁと僕は思うのです。
最近僕は、英会話スクールに少しだけ関われるようになった関係で、今までよりも多くの英語学習者の方々と接する機会を頂いています。その中で感じるのは、「価値判断の基準がTOEICスコアになっている人がいる」ということです。TOEICのスコアが高いからスゴイ。低いからスゴくない。そんなことはありません。スコアで測れるのは、「TOEICにおける英語力」だけです。それ以外は測れません。
TOEICが全ての基準になっている人は、TOEICに傾倒しすぎています。必要以上にTOEICそのものが目的化しています。そして、そういう人たち同士でグループを組んでしまった日には、他の学習者を寄せ付けない、排他的な世界がそこにでき上がってしまいます。そこまでTOEICを目的化してしまうと、英語学習本来の楽しさが少なくなってしまうなぁと僕は思うのです。
自分のスタンスを明確にすること
TOEICという共通言語をもつ人たちの中では、「スコア」はお金みたいなものです。資本主義の社会においては、持っているお金の量に比例した影響力をもつことができます。同様に、TOEICの世界においては、もっているスコアに比例して、発揮できる影響力が大きくなります。影響力が大きいということは、「居心地がよい」ということです。
高いスコアを獲得すれば、周囲の英語学習者の方々に「すごいね」と言ってもらえます。何もしなくても一目置いてもらうことができます。だからこそ、ややもすれば、そこに安住してしまいそうになる。その居心地の良い空間に、ずーっと居続けたくなるのです。
実は、僕も最近そんな気分を味わいそうになっていました。つまり、「もともとはTOEICを英語学習の通過点として捉えていたのに、気がついたらどっぷり浸かっていて、TOEICが目的化してしまっていた」という状況に陥りかけたわけです。この中途半端な感じは最悪です。
TOEICを通過点として使うなら、さっさと目標スコアをクリアして、次のステージを目指すこと。
TOEICを英語学習そのものとして目的化するなら、いつまでもTOEICをともに人生を送ること。
どちらかのスタンスを堅持し、そこからブレないように学習を進めていくことができたなら、精神的な満足度は大きく向上すると思います。
僕が満点まで頑張ることができたのは、TOEICの先にある理想に少しでも近づきたかったからです。それを忘れかけていました。今歩みを止めて、居心地の良い空間に安住するわけにはいきません。
その意味で、僕は「英語学習の通過点としてTOEICを使う人」です。今後もこのスタンスを崩すことなく、英語と関わっていきたいと思います。
最後に1つ質問させてください。
あなたは、英語学習の通過点としてTOEICを使う人ですか?
それとも、英語学習のゴールとしてTOEICを使う人ですか?
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